成功例

病気を機に売却を決断。事業提携を踏まえ、円滑に売却を実行

名称 機電系受託会社 乙社 設立 1980年代
従業員数 15人 資本金 2,000万円
売上規模 約5億円 経営者年齢 50代
主な資産 特になし 株式 代表者100%
事業内容 電気回路・組込システム・機械設計受託事業

※情報はいずれも事業承継前の内容

【背景】

電気回路・機械設計・組込システム開発を手掛ける乙社は、代表取締役であるF氏が創業した会社である。F氏は大学卒業後、機械設計を受託する会社に入社。大学で機械工学部に所属し、設計の技術・知識を徹底的に鍛えられたこともあり、何か技術を身に付けたいという想いといずれは独立することも夢ではないと入社した。
入社後、日々勉強に励み機械設計のエンジニアとしての実力をつけていった。30代前半にはマネジャーとしても活躍を始めた。その中で機械設計だけではなく、電気分野の回路設計、組込システムの開発にも携わるようになり、F氏は次第に電気・機械・システムを理解する貴重なエンジニアへと成長した。エンジニアとして技術力を高め、マネジメント能力を身に付けるにつれ、自分が思い描いていた独立も現実的に考えられるようになっていた。
38歳の時、ついに独立し乙社を設立。後輩M氏、F氏の妻の3名で起業した。当時は電気・機械分野は日本が強い勢力を持っており、受託・開発依頼は順調に増えていった。その中でF氏は将来を見据え、医療分野の電気・機械設計の受託に力を入れ、単なる電気・機械設計ではなく、プラスアルファの専門性を蓄積していった。F氏が仕事の依頼を受けM氏がプロジェクトを管理・進行した。妻は総務・経理を担当した。

【健康上の不安と後継者不在】

その後も継続的に受注が続き、社員は15名に増えた。設立して5年で借入金もなく純資産も年々積み上げていくことができた。しかし、F氏が52歳の時、風邪が長引き、微熱も続く。病院に行って薬をもらったが、それでも熱は下がらず倦怠感が続いた。あまりにも長引いたため、検査を受けることとなった。
早期の大腸がんだった。F氏は大きなショックを受け、「もし自分がいなくなったら会社、社員はどうなるのか…」。今まで考えたことのない不安に襲われた。幸いにも早期発見であったため完治する可能性があるという。F氏は病気のことを妻とM氏だけに話し、社員には隠して仕事を継続しようとした。そして、手術により大腸がんが完治したとしてもいつ何が起きるかわからない。M氏が代表者になる案も話し合ったが、M氏は実家で介護を必要としている両親の問題とあわせ、経営者になるという意思が元々なかった。F氏はこれを機に売却を検討し始めた。

【提携話から良きパートナーへ】

しかし、いきなり売却となると混乱を招き、最大の資産である社員が流出してしまっては台無しとなる。また、F氏が全ての仕事に直接関わっていないとしても、受注はF氏への信頼によるものが多かった。社員流出により価値を棄損することなく、売却後も継続的な受注確保ができるよう信頼できる売却先が必要であると考えた。
そのようなことを考えている頃、あるM&A仲介会社より事業提携の依頼話が舞い込んできた。東北地方に本社がある同業の受託開発・設計会社、丙社であり、順調に業績を伸ばしている。増加する受注業務を引き受けてくれるような安定したパートナーを探しており、医療分野に強い乙社に大きな関心を持っているとの話であった。将来的には買収も見据えた提携を希望しているとのこと。F氏は自身の病気のことは伏せた上で、丙社の代表者Y氏と面談することとした。面談を通じて、F氏はY氏のこれまでの実績や経営方針に良い印象を持ち、さらにY氏は偶然にもF氏と同じ大学の後輩だったことがわかり、さらに話が盛り上がった。

【提携から売却へ】

その後、F氏とY氏は再度面談。将来のM&Aも視野に入れた事業提携を進めることとなった。乙社の社員は、丙社の仕事に取り組むようになった。そして、丙社のプロジェクトマネジャーD氏が少しずつ乙社の社員と接するようになった。仕事を通じたゆるやかな連携が一年近く行われた頃、F氏は丙社への売却を具体的に進めることを決意した。改めてY氏と面談して売却条件を話し合った。F氏の条件は次の3点。
(1)現在の乙社の社員を継続雇用してもらうこと。
(2)F氏の後任として丙社のD氏を取締役として入ってもらい、F氏から業務の引継ぎを行う。
(3)株式はF氏所有の80%を売却して時価純資産額3億円(80%分)に営業権1億円を加算し3.4億円とする。
乙社は借入もなく現預金が豊富であったため、売却交渉は円滑に進んだ。丙社からの条件としては、F氏が譲渡後一年間は相談役として業務の引継ぎと顧客への営業支援に関わってもらいたいとのことであった。F氏としては病気治療のため体力的な不安はあったが、引き受けることとした。
方向性が固まったところで、F氏は自分の病気、それを踏まえた提携、今回の売却の決定について社員に話をした。社員に大きな動揺はなく、逆に病気と闘いながら自分たちのことを考えてくれたF氏に感謝を表した。その日、F氏は一人ずつ面談を行い社員の心境を聞いた。さらに、3日後にも一人ずつ面談を行った。前回の面談は発表直後であったため、まだ考えがまとまらない者も多い。数日したら整理もつくだろうとの配慮であった。2回目の面談では、社員から様々な質問が出た。「本当に継続雇用をしてもらえるのか」「勤務場所は変わるのか」「給与体系はどうなるのか」「顧客は離れてしまわないのか」等々。M&A仲介会社のアドバイスもあり、事前に出てきそうな質問への対応も準備していたため、不安を除くための効果的な面談となった。1回目、2回目の面談を通じて特に退職等の意向を示す者はおらず、丙社に移ることに同意をした。
その後、正式な譲渡契約を締結。F氏は病気の治療と並行し、できる限り引継ぎに取り組んだ。その結果、顧客からの大きな受注減少もなく順調な事業の引継ぎが実現された。

教訓

・自社の最大の資産は“社員”である。その点に最大限の配慮をした計画。
・提携期間を“様子見”期間として利用し、売却ステップを着実に踏んでいった。
・売却決定までは情報をクローズ。特に、情報開示後は面談を通じた細やかな対応を実行。価値を棄損せずに売却を実現。

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