成功例

社長自ら銀行マンをヘッドハントし、円滑な事業承継を実行

名称 石鹸・洗浄剤の
製造販売会社 丙社
設立 1960年代
従業員数 50人 資本金 2,000万円
売上規模 約10億円 経営者年齢 60代
主な資産 土地・工場・機械設備 株式 代表者100%
事業内容 石鹸・洗浄剤の製造販売会社

※情報はいずれも事業承継前の内容

【父から受け継いだ会社】

石鹸・洗浄剤の製造販売を行う丙社は、化学業界の中で業歴も長く、安定した業績を保っていた。丙社代表取締役社長のM氏は、父親がはじめた石鹸の製造販売会社を引き継ぎ、石鹸だけでなく台所用・衣料用の合成洗剤の製造にも取り組んで会社を大きくしていった。さらに、受託製造で顧客のニーズに合った洗剤の製造も行っており、小ロットのニーズにも応えるきめ細やかなサービスで信頼を得ていった。
廃油を活用して石鹸や洗剤を作り出す丙社の技術はエコブームにも支持されて、順調に業績を伸ばし、売上高10億円、経常利益2,000万円となった。
会社の規模が大きくなっても、社長のM氏は父親がいつも言っていた「石鹸は毎日の暮らしの中に必要とされているから、安心して使ってもらえるものを作らなくてはいけない」という言葉を忘れず、製品の品質管理にも心を砕いてきた。父親から受け継いだ丙社を大事に育ててきたM氏だったが、62歳になった年に大きな決断をした。それは、従業員であるT氏に代表取締役の座を譲る、というものだった。

【社長自ら、銀行マンをヘッドハント】

T氏はもともと、丙社と付き合いのある銀行の担当者だった。T氏が丙社の担当者となり、社長のM氏が事業計画を持って融資の相談に行くと、いつも的確なアドバイスや忠告をくれる人物だった。人柄も真面目で、いつも親身に話を聞いてくれるT氏に個人的にも好感を持ったM氏は、プライベートでもよくゴルフを一緒に楽しむ間柄となった。
1年ほど付き合いが続いた後、社長のM氏は常々悩みに思っていたことをT氏に打ち明けた。それは、M氏に後継者がいないことで、丙社の将来に不安を感じている、ということだった。M氏には一男一女がいたが、それぞれ専門職についており、丙社を継ぐ気はなかった。また、従業員は技術者として優秀な人材がそろっていたが、経営を任せられる人物も、また会社を継ぎたいというやる気のある人物もいなかったのだ。悩みを聞いていたT氏だったが、次にM氏から言われた言葉には驚きを隠せなかった。
「うちの会社に入って、自分の跡を継いでもらえないか」。T氏にとっては突然の話だったが、M氏はこの1年の間にずっと考えていたと続けた。時間がかかってもいいからゆっくり考えてほしいと言われ、T氏は戸惑いながらもその場で答えを出すことはできなかった。
T氏としては、自分の事業に誇りを持ち、丙社のために奔走するM氏の姿に、顧客としてだけでなく個人的にも尊敬の念は抱いていたが、いきなり後を継いでほしいと言われても、戸惑うばかりだった。その一方で、銀行内でM氏の持ってきた事業計画について議論しているうちに、いつのまにかまるで自分の会社のように親身に考えるようになっていたのも事実だった。
日がたつにつれ、自分だったら丙社をどのように動かしていくか?という考えが頭を占めるようになっていった。悩んだ結果、T氏は丙社に入社することを決めたのだった。

【異分野での苦労と努力】

社長のM氏は大喜びで迎えたが、まったく異なる分野から移ってきて、しかも将来の社長候補というT氏の存在は、他の社員たち、特に古参の社員たちには簡単には受け入れられない存在だった。初めは総務部長という形で着任したT氏だったが、社員たちとのコミュニケーションをとるのに非常に苦労した。飛び交う用語は専門的な言葉が多く、わからないことは一つ一つメモをしてちょっとした空き時間に調べ、休憩時間に社員に聞いていった。地方都市で保守的な性格の人が多く、こちらから話しかけないとなかなか打ち解けてくれなかった。
T氏が銀行にいたときは、職業的な特性のようなものがあるのか皆で意見をぶつけ合うことが多かったが、丙社では技術者が多いからか活発な議論というのは見られなかった。
自分を見込んでくれたM氏のためにも、早く丙社になじみ、社員の協力を得られるようにしなくてはいけない。そう感じたT氏は、工場に何度も足を運び、社員たちとコミュニケーションを図った。職人気質の社員たちが多かったが、T氏の熱意を感じ、少しずつ打ち解けていった。また、会議の場で予算作成に的確な意見を述べたり、社員たちの住宅ローンの悩みに答えるT氏の姿に、社員たちも見る目が変わったようであった。
その後T氏が取締役に就任するころには、丙社の一員として迎えられるようになった。また、現場を指揮していた古参社員の一人も取締役に就任し、社長のM氏が退任した後の新体制に向けて新しい組織体制に変わりつつあった。

【事業承継を目的とした融資制度の活用】

T氏が代表取締役社長に就任する際には、新しい事業計画を持って銀行に相談に行った。運転資金への融資を求めるためだった。事業の承継後、新体制に変わること、新規事業に取り組むこと等をアピールし、スムーズに融資を受けることができた。また、事業承継を目的として従業員が株式を譲受する場合の融資制度を活用し、M氏からT氏への株式が譲渡された。銀行の事情に詳しいT氏ならではの動きであった。
現在、代表取締役社長に就任したT氏は、若い女性をターゲットにした化粧品の製造に着手し、オリジナルブランドとして新たな看板商品に育てようとしている。またそれだけでなく、医薬部外品の許可も取得し、薬用ハンドソープの製造も開始した。
意欲的に新しい事業にも着手する新社長に、社員たちも協力を惜しまない。
前社長のM氏は、退任後は相談役に就任し、必要なときにはいつでも相談を受けるという立場になった。表舞台には立たなくなったM氏には、「自分が表に出ては、社員が混乱するしT氏も甘えが出てはいけないから」という思いがあった。それでも、年に一度の社員旅行には必ず参加して旧交を温める。活き活きとした表情の社員たちを見ること、そしてそんな社員たちと楽しそうに会話する現社長のT氏を見るのが楽しみだからだった。
あのとき、T氏に譲る決断をしたのは間違いではなかったと、満足感を覚えるM氏だった。

教訓

・親族や社内に後継者がいない場合、外部から後継者を雇い入れることも可能だが、関係者の理解に多くの時間が必要となる。
・従業員等への事業承継を目的とした融資制度も設けられており、制度を有効利用することで円滑な事業承継につながる。

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