失敗例

自分勝手な売却決断の上、不法行為で売却話が破断に

名称 建設業関連製造業 甲社 設立 1940年代
従業員数 25名 資本金 2,000万円
売上規模 10億円 経営者年齢 45歳
主な資産 土地・建物・設備 株式 代表者100%
事業内容 建設用コンクリート原料製造、バイオマス燃料の開発製造

【事の顛末】

「これからは風力発電の時代」「バイオマス燃料は一石二鳥」…。そのような新しいエネルギー源が注目され始めた頃、2002年に甲社は国とK県の新たな事業である新エネルギー関連事業の予算を獲得し、本格的にバイオ燃料開発の新規事業に取り組み始めていた。しかし、その後2009年に甲社は倒産することとなる。
新規事業のための投資を進めるが事業化には至らず、本業も建設業不況の影響を受けて苦境にあった。そのような中、産業廃棄物処理方法が不適切という理由で警察沙汰になり、さらにS氏が所在不明となったことで再建の道を断たれたのであった。

【S氏の人となり】

2001年、K県で行われた新年賀詞交歓会では、地元の経営者が一堂に会し、華やかな雰囲気に包まれていた。中でも元気だったのが、この年に甲社3代目社長に就任したS氏(37歳)だった。甲社に入社後、事業を順調に成長させたという実績もあった。地元の経営者の中でも「ハングリー」「エネルギッシュ」と評されるS氏。この日も「これからは環境に貢献する企業が生き残る。わが社は今新たな取組みを進めている。数年後にはわが社は大転換している可能性もある。ぜひ見ていてください」と威勢よく話していた。
甲社は1940年に設立された建設関連の材料・原料を製造する会社。K県を中心にその商圏を拡大しながら厳しい建設業界の中で元気さを維持していた。S氏は大学卒業後、10年間甲社の取引先に勤め、32歳のときに後継ぎとして甲社に入社した。その会社での10年間、S氏は大きなプロジェクトもいくつか任され、折衝の前線に出て活躍し、貴重な経験を積んでいた。S氏はそこで大きな自信を得て、周囲からも期待されて甲社に入社をした。

【甲社の事業展開】

甲社はS氏が入社するまで建築用コンクリート原料製造がメインだった。自社の研究施設でも溶解スラグやガラスを混入して環境負荷の低い製品開発をしようとしていた。そんな甲社の転機となったのが2002年。S氏は先行きが暗い建設業界を懸念し、今のうちに新規事業に取り組み、事業転換させようと考えていた。着目したのはバイオマス燃料。理学部出身の社員に研究をさせていた。そして、2002年に国が進める新エネルギー事業において、K県内の「新エネルギービジョン策定」の対象企業に申請し採択されたのであった。ビジョン策定により、翌年度から実施のための補助事業に採択され、関連財団から融資を受けられる見通しがついた。
具体的なビジョン策定を進めるにつれ、積極果敢なS氏にとってこの新規事業は千載一隅のチャンスに映った。今が投資のタイミングだと考えるようになり、実際、この頃から甲社は急速にバイオ事業に傾倒していった。

【倒産。そして、驚きの事実発覚】

甲社が計画していたバイオマス燃料は建設廃材を利用したものであり、本業で築いた建設会社との関係を活かして廃材を流通させ、さらに開発した技術により低コストでバイオマス燃料の製造が期待できた。また、新エネルギー事業、環境関連、林業関連の補助事業も次々に採択された。2006年頃からは環境分野で事業に挑戦する企業として、地元メディアにもよく取り上げられた。その話題性に気を良くしたS氏は「5年後には確実に収益が出る見通しがついた。このモデルを他地域にも展開する」と自慢し始めたという。しかし実際は、廃材の収集コストが高額となり、結局甲社のバイオマス燃料の低コスト生産は実現することができなかった。
一方で、バイオマス燃料開発への費用と人材の投資は、本業に少しずつ影響を与え始めていた。本業の新商品開発と営業活動が疎かになっていたのであった。本業を任されていた専務取締役のM氏は、限られた人員の中で本業を立て直そうと自ら営業に出歩く日々であった。
2009年の倒産3カ月前。M氏は東京にいた。移動中の地下鉄の駅で携帯電話が鳴った。「専務、警察が話を聞きたいと言っていますが、社長と連絡が取れません。どうしましょう。早く帰ってきてください」。甲社が開発していたバイオマス燃料は建設廃材を利用したもので、燃料を製造した後の残渣が発生する。残渣処理は廃棄物処理業者に委託していたが、この業者が不法投棄していたことが発覚したのだ。さらに、この不法投棄について、S氏は容認することで委託費用を抑えていた疑いがあるとのことであった。慌てて本社にもどったM氏は役員を集めたが、S氏とはまったく連絡が取れない。警察沙汰となりS氏不在の中、何の釈明もできないまま報道がなされ、事実と事実でないことが飛び交った。
今となっては…という結果論になるが、兆候はあった。S氏が親しくしていたある仕入れ先は「2008年の夏に支払いを待ってほしいとS氏から直接の要請があった」と打ち明ける。また、同年の9月末には「経営方針の違い」を理由に、創業者の代から資金提供を受けていた大手建設会社が保有する甲社株を買い戻していた。実際には、バイオマス燃料の開発に心酔するS氏と意見が対立し、この大手建設会社が資金を引き揚げたというのが正しい。最初は新鮮だったバイオマス燃料であったが、取り組んでいたどの事業者からも成功の話は聞かれず、次第に期待は疑念や批難に変わっていった。
さらに、驚きの事実が発覚する。2008年の10月にS氏は甲社をまるごと買収してくれる先がないかを取引銀行のM&Aチームに相談をしていたことがわかった。実際に財務資料等を既に提供しており、同業者を含めて3社との面談をしていたことも判明した。うち、1社とは話が進み基本合意をする直前だったという。その基本合意の直前に買収側企業がこの不法投棄に気付いたことで買収話も流れていたのであった。そして社長以外、社内では誰ひとり売却話を知る者はいなかった。

教訓

・コンプライアンス違反は、M&Aにおいて致命的な不成立要因となる。
・たとえM&A成立後に発覚したとしても賠償や訴訟に発展する可能性がある。

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