失敗例

簿外負債が買収監査(デューデリジェンス)で発覚

名称 塗料製造業 X社 設立 1960年代
従業員数 30人 資本金 9,000万円
売上規模 約10億円 経営者年齢 59歳
主な資産 土地・工場・機械設備 株式 代表取締役100%
事業内容 塗料製造業、塗料卸売業

【X社の状況】

X社に買収の話が持ち込まれたのは2004年7月、大手商社Y社との取引きが終了してしまうことが判明した時期だった。X社は塗料製造業と塗料卸売業を営んでいる。現在の代表取締役社長、甲氏は3代目にあたる。自社製品は外壁塗装用の遮熱塗料(スーパーα)。商社への販売が売上の30%を占め、他の製品は工業用塗料(ノーマルβ)で、下請け会社へ外注して製造している。原材料を下請け会社へ販売し、製品をX社が買い上げて商社へ販売している。大手商社Y社はノーマルβの販売先になっていた。
スーパーαは商品の特殊性から25%の粗利率を誇っていた。業界平均は20%前後。技術的秘匿性を守るためにスーパーαは自社開発を堅持していた。一方、経営を維持するために工業用塗料の製造・販売も行わざるを得なかった。スーパーαをさらに拡大できればいいのだが、現在の生産規模を一気に拡大するような設備投資は資金的に厳しい状況であった。また、スーパーαは建築需要期の12月と3月に売上が集中する。スーパーαのみでは経営が不安定になるおそれがあった。そのような中でY社による取引終了は、甲氏を落胆させた。塗料業界は年々規模が縮小し厳しさが増す中、新たな大口の取引先確保には自信が持てなかった。

【売却提案】

甲氏は「当座は金融機関からの借入で凌げるが長期的には厳しくなる」と感じ、取引銀行に相談した。その数日後、銀行員が法人業務部M&A担当の乙氏を連れてきた。その乙氏から、ある大手建設会社へ甲社を売却しないかという提案があった。銀行としては、融資先でもあるX社を失いたくないが、将来を見据えると早めに同じ融資先である企業に吸収させておくことで不良債権化を防げると判断した。
甲氏は、はじめ断ろうと考えていたが、話を聞くうちに心境の変化があった。「自分は今年で59歳。少し早いが引退を考えてもいい年齢なのかもしれない。それに先行きはさらに不安だしな」。売却先の会社名は教えてくれないが、上場している建設会社が興味を持ってくれているらしい。社員の雇用は維持、甲氏には65歳までは技術担当として会社に残ってもらうことも可能とのことだった。甲氏は、話を前に進める判断を乙氏に伝えた。相手の建設会社は地方市場に上場しているW社だった。X社の5期分の決算書をもとに提示された買収額は時価純資産の1億8,000万円に将来5年間の価値(のれん)を見込んで2億5,000万円だった。悪い数字ではない。しかも5年間は経営の心配をしなくてもいい。基本合意までは滞りなく進んだ。

【買収監査(デューデリジェンス)】

「次は買収監査ですから」と乙氏が言った。買収監査にあたり甲氏は、不安を感じた。6年前の税務調査では、かなりの"お土産"を持っていかれていた。甲氏は乙氏に買収監査についてアドバイスをもらうことにした。乙氏は、「現状において提出できる資料は既に渡していますから。後はその都度、質問に回答するしかないです。大丈夫ですよ」と、楽観的な返事が返ってきた。
甲氏はとにかく不安で経理と税理士に事情を話して直近の試算表をきちんと整理してもらった。期中だが仮決算も行った。当然、利益は出ていた方がいいだろうと思った。甲氏は「できるだけ問題ないように、お願いね」と、不安げだった。会計データでわかりづらい取引きはわかりやすく、正しいものに修正された。
W社によるX社の買収監査の日が訪れた。W社の社員の他に公認会計士・弁護士を含む3人がいた。商品の製造工程や原材料の仕入先、ノーマルβの外注先、商社との取引き、クレーム件数等営業活動に関する資料を提供し質問に答えた。従業員に頼んでその場で作成したものもあった。そのほか決算書を保管してあるもの全部から製造段階で出る塗料の廃棄業者との契約書、廃棄塗料の保管状況まで確認が行われた。

【破談】

1週間後、乙氏からW社のことで甲氏と面談をしたいとの申し入れがあった。甲氏は買収監査が終了したことによる報告だろうと思っていたが違っていた。W社から買収提案を撤回するとの申し入れがあったとのこと。理由を聞くと、乙氏の回答は辛辣だった。Y社の取引きが終わることで財務的なリスクは当然あるとして、その取引中止の理由がY社へのクレームが発端であることがわかった。そのため、販売済みの商品も大きなクレームが発生するのではないかとの疑念を持ったらしい。さらに、買収監査で監査担当者が指摘したのは以下の通りであった。

残業の実態と残業代の未払いスーパーαの製造のために従業員の残業は日常的だった。上場企業であるW社のような適正な残業代の計算規定を用いて計算された残業代は今までの3倍だった。この結果スーパーαの粗利率は大きく減少し、16%まで下落していた。
退職金規定と退職金未計上退職金規定に対する積立が十分とは言えず、追加計上が必要という指摘を受けた。
返品された商品管理と滞留在庫スーパーαは季節性の強い商品であり、返品が毎期生じていた。返品分は次の需要期に出荷していたが、商品の評価が問題になった。時間が経てば商品は必ず劣化する。しかも他社の類似商品登場で品質以上に価値は減少。X社の貸借対照表へ計上されている商品の金額の大部分は損失として処理すべきであるとのことだった。

こうした買収監査の結果X社の評価額は、基本合意時の半分以下と判断された。乙氏はW社から「W社の投資水準を下回ることになるため買収提案を辞退せざるを得ない」と連絡を受けたそうだ。
このような結果を踏まえ、X社とW社のM&Aは破談になった。その後、甲氏は継続してX社の経営をしたが、2008年に資金的に限界を迎え民事再生法の適用を申請した。スポンサー企業は見つかったが、2008年にはスーパーαの遮熱性を大きく上回る商品が他社より発表され再生計画が困難と判断された。その後、破産手続きへ移行された。

教訓

・買収監査は帳簿だけでなく、事業や商品の魅力、取引先との関係に関しても精査が行われる。
・基本合意で設定した条件に問題がないか、あらゆる側面から精査を行っていく。その中で、簿外負債の発覚は価値(金額)の棄損につながるとともに、故意の有無に関係なく買収側企業との信頼を損なう可能性がある。
・したがって、買収監査のために帳簿の数値を変更することはNGである。

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