失敗例

子どもに「継がす」ことが目的となり、いつの間にか本業が悪化

名称 飲料受託製造会社 甲社 設立 1960年代
従業員数 30人 資本金 2,000万円
売上規模 約5億円 経営者年齢 67歳
主な資産 事務所・工場・土地(個人所有) 株式 代表者70%、妻20%、長男10%
事業内容 飲料製品の受託製造

【背景】

創業50年の飲料製造業甲社。2代目社長M氏は現在67歳。その2代目社長M氏は、60歳を迎えた頃にそろそろ後継者問題に本気で取り組まなければと思い始めた。後継者候補は、長男で取締役でもあるY氏であったが、Y氏は27歳のときに甲社に入社していた。2代目社長が60歳のときにY氏はまだ30歳であり、十分な経験・実績は乏しい状況であった。M氏にとっては長男に継がせたいという想いと同時に本当に経営者として能力を発揮するだろうかという不安を抱えたままであった。
また、後継者対策への意識が高まり始めた頃、経営者中心のある団体の交流会に参加した際に同業乙社の社長から「将来、いずれ一緒に事業をできないか」との話をもちかけられていた。過去にもM&A仲介会社から売却へと誘導するような話は受けてきたが、乙社の社長から打診されたことは常に頭から離れることはなかった。
しかしながら、同業への売却はどうしても気持ちが入らなかった。そして、長男以外に社員の誰かが継ぐかと考えても現実味はなく、考えるたびに悩みながら長男へ継ぐしかないとの結論が出るのが常であった。
このような背景のもと、2代目社長が63歳のとき、長男のY氏が33歳のときに専務取締役に昇進させ、本格的にY氏への権限移譲を進めるとともに65歳までには経営を完全に引き継ぎたいと考えていた。

【事業の状況】

事業は、老舗として長年の実績・人脈を基盤とした受注が主だった。際だった技術を持っていたわけではないが、2代目社長が技術的な優位性を作りたいとの考えから、取引先の大手メーカーからベテラン技術者に来てもらい開発チームの強化を図った。それが成果を出し、「甲社に依頼すればイメージした飲料を製造してくれる。しかも早くて丁寧」との評価が高まり、売上も順調に伸び始めた。しかし、時代とともに技術的な優位性は弱くなり、ちょうど後継者問題を考え始めた頃から、これまでの定型の製造依頼から機能性等多様な消費者ニーズに合わせた製造依頼が増え出した。それでも2代目社長は、新しい依頼を安易に受けて失敗することで逆に信頼をなくしてしまう懸念を抱いていた。着実に対応できる依頼に早く丁寧に応えることで関係を大切に守ろうとした。
この方針に対し、長男であるY氏はやや不満を感じていた。甲社としても新しいことに挑戦し、新しい価値をつくっていかなければいずれ甲社の優位性は完全に薄れてしまう。そのような危機感があった。

【新規事業への挑戦と本業の悪化】

Y氏は顧客へのヒアリングを通して、機能性飲料を製造できる設備を整えるべきとの考えから、2代目社長に相談をし始めた。2代目社長としてもこれからはY氏が全社を引っ張っていくべきとの期待から、新たな設備投資への許可を出し始め、甲社としての新規事業への勢いがつき始めた。
その勢いとともに、実際の受注へとつながればよかったが、小ロットの試作レベルの依頼は受けるが、それが多ロット製造へはなかなか発展しない。Y氏は焦りもあったのか、設備が不足していることを原因であると分析し、引き続き様々な機能性製品に対応できる設備を増強していった。
しかしながら、新規事業の発注企業は小さな企業が多かったこともあり、毎期貸し倒れも発生し、明らかに新規事業が本業の足を引っ張り始め、ついに甲社全体でも単年度決算は赤字を計上し始めていた。その要因には、Y氏への承継を考えていたので、2代目社長による本業への引締めが少しずつゆるくなっていたこともある。一方、Y氏は新規事業へ注力するばかりで、全社的に本業への注力が明らかに低下していた。さらに、幸か不幸か、銀行からの融資は代々受け継がれてきた土地を担保に受けることができた。

【融資停止から厳しい事態へ】

状況は急変する。融資額が3億円に達したところで、融資元の金融機関から融資継続ができないとの通告がなされた。これまで金融機関からの融資を頼りにしていたが、それが打ち切られたことで事態は一変した。
新規事業を完全に打ち切るとともに、融資の依頼に歩き回った。しかし、貸し渋りが起きており、新たな融資は不可能。以前、話を持ちかけてきた乙社の社長に相談するも、今のタイミングでは対応が難しい上、そもそも負債が大きすぎて救済は難しいとの回答。結局、担保としていた土地は手放し、従業員のリストラを実行した。
そして、もし事業が再興できなければ会社の存続自体も難しくなるとの不安が起きてきた。その場合、以前別の融資のために担保としていた自宅も手放さなくてはならない。それでも2代目社長はなんとか本業を再興させようと事業計画をつくり、金融機関にも説明。一定期間の返済猶予期間を得ることができた。再興に向けて取り組もうとした矢先、その裏でY氏は2代目社長に報告していなかった設備投資の返済があったため、代表印を持ち出して高利貸しからの融資を受け、その融資で設備販売会社に返済を行っていた。高利貸しへの返済は滞り甲社への返済請求がやってくる。従業員へも動揺が走った。

【破産手続きと顛末】

この件をきっかけに2代目社長の再興への意欲が低下。会社の再興を諦める決断をした。既に本業再興の光がなくなる中で民事再生法の活用も難しく、結局、破産の決断をした。2代目社長は友人を通じて申し立て代理人の弁護士を依頼。妻と長男であるY氏にその方針決定を伝えた。
そして、取引先からの入金が多くなる月末のある日に従業員には報告。その現金から従業員への賃金の支払いをすませた後、代理人が裁判所に申し立てを行った。あわせて2代目社長個人の破産も同時申請となった。その後、会社財産の売却、売掛金を回収にまわり、債権者集会も開催。破産手続きは比較的円滑に進んだ。なお、自宅は親族に任意売却という方法も検討したが話がまとまらなかった。金融機関も容赦はなく、結局、競売にかけられて自宅さえも手放すこととなった。

教訓

・国内市場が縮小する中、経営者に求められる能力は厳しさを増している。
・「他社への売却か後継者へ承継するか」。事業の将来性、後継者の経営能力等を踏まえ、事業継続を第一とした判断が必要となる。
・特に、「継がす」ことが息子の幸せになるのか。冷静な判断が求められる。

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